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昔々、神々が地上に降りられたときの物語。
ある日、ママーとパパーと下の子供達は遊山に出かけました。一行は春の花を愛で、巣立つ鳥を遊覧するなどしてひと時を過ごしていたところ、どこまでも青々とした草原に出られました。心地よい太陽の下、そこには仲良く草を食む牛や羊やヤギや、虎たちがいました。皆、大人しい優しい動物です。そこで、ランチはここで食べようとパパーは野原に腰をおろしました。ママーがランチの準備をする間に子供達は物珍しそうに動物達と遊びました。尻尾を引っ張られても牛は唸りません。和毛を結ばれても羊は逃げません。角を叩かれてもヤギは怒りませんし、髭を引っ張られても虎はされるがままでした。どんなに遊ばれても彼らは終始穏やかに草を食み続けました。
さて。ランチの準備が整いました。穏やかな空の下、ママーを中心におしゃべりをしながら食べていたパパー達ですが、その中で一人、末娘のフロールは違っていました。草だけを黙々と食べる動物達が気になったのです。パパーもママーも兄姉達だって肉を食べる。草だけでは可哀想だと思い、フロールは食べかけのウインナーを手に牛の側に駆け寄り言いました。
「フロールのウインナーさんあげる」すると牛は答えました。「ありがとうございます、でもいりません。私は草が好きです」
ですので今度は羊に駆け寄って言いました。
「フロールのウインナーさんあげる」すると羊は答えました。「ありがとうございます、でもいりません。私も草が大好きです」
ですので今度はヤギに駆け寄って言いました。
「フロールのウインナーさんあげる」すると羊は答えました。「ありがとうございます、でもいりません。私も草が大大好きです」
ですので今度は虎に駆け寄って言いました。
「フロールのウインナーさん、あげる!」すると虎は答えました。
「ありがとうございます、でもいりません。私も草が大大大好きです」
フロールは行き場所をなくした好意とウインナーを震わせて泣きました。泣きながら虎の横にうつ伏せました。これをスエーニャが見ていたから大変。
「きゃー! フロール、草は食べちゃダメー!」
慌てた拍子にコロコロ転がり降りたスエーニャにフロールは止められました。二人して泣きながら戻ってきたものですからママーも悲しくなりました。パパーは二人に何があったのかと聞きました。
「フロ、フロ、フロ、フローッ、が、く、く、くさ、くさを! フロ、ルが、くさ!」
スエーニャは何とか伝えようとしましたが、転んだ拍子に擦りむいた膝を手当てするとママーが止めました。フロールはパパーにウインナーを突き出して言いました。
「いらないっていうのウインナーさん!」
「ウインナーはたぶんしゃべらない」
「違うの、くさが大好きだからって! だからフロールも食べたの! ちょっとにがい!」
「お前の好意を無にしたのは誰だ」とパパーが返したものですからフロールは答えました。「虎さん!」
パパーに呼ばれた虎は慇懃に頭を垂れました。「天と地を作りたもうたママーとパパーが常しえに寄り添っていますように、御用でしょうか」
「フロールを泣かせたな」
虎は誤解であると言いました。自分は草食の動物だから肉は食べない。牛も羊もヤギも断った後に自分も断ったのだと。
「うるさい。牛も羊もヤギも娘を泣かさなかった。お前だけが泣かした。そのおかげで慌てたスエーニャは膝小僧をすりむいた。そして慈悲の母の笑顔を曇らせた。いや、そもそもそのウインナーはママーが作ったウインナーだぞ。それを断るとは何たるヤツだ。これ以上の罪があろうか。虎、お前は未来永劫草を食むな。ウインナーを断ったお前は肉を追い求めろ」
するとどうしたことでしょう。虎はパパーのご沙汰どおり無性に肉が食べたくなり、ついに我慢できずに友達の羊に飛び掛りました。それまで仲良く一緒に寝そべっていた牛やヤギは虎が怖くなって逃げていきました。
このために牛達と仲良く暮らしていた虎は、皆に怖がられ嫌われ、独りで生きることになりました。そしてパパーの理不尽な命令に拗ねて、とても残忍で手に負えない猛獣になりました。
無垢の花神様というお方は実に無垢であられます。あまりの穢れなさに末娘を心配なさるパパーのご配慮で、無垢の花神様は常に一つ上の姉君であられる眠り姫神様と共におられました。お二人はいつでも手を繋いで、朝から晩まで、寝る時までご一緒しておられます。
ある晴れた日のこと(特別なことがない限り天界はいつも晴れていますが)、いつもと変わらず、天界の花園には手を繋いで歩く愛らしいお二人がおられました。小さな花、大きな花、愛でておられた折、眠り姫神様が足を止められました。手を繋いでおられた無垢の花神様もなにかと姉君様の視線をたどられました。
「あ、トリさん!」
巣から落ちて戻れなくなった雛が木の根元で鳴いていたのを見つけられました。娘神様方は不憫に思われ、心優しく道義心の強い姉神様は雛を戻すのだと木に登ることとなりました。
「フロール。いい? フロール。ここでよい子で待っているのよ。雛を巣に戻したらすぐに下りて来るから、動かずに待っていてね。約束」
「うん、やくそく! フロールまってる、イイ子で下からおうえんしてるね!」
そして眠り姫神様は木を上り始めました。
無垢の花神様は姉神様とのお約束どおりじっと動かず上を見上げておられました。
そのときです。
無垢の花神様のすぐ側に、いちごミルクキャンディーが落ちていました。
「いちごみるく!」
無垢の花神様は一歩近づいて手に取られました。すると今度は、チューリップの下にイチゴ大福が和紙の上に落ちていました。
「いちごだいふく!」
無垢の花神様は駆け寄って手に取られました。すると今度は、カーネーションの下に傘の形をしたチョコレートが落ちていました。
「あぽろ!」
無垢の花神様はさらに走っていって手に取られました。すると今度は、マーガレットの下にきれいな花冠が落ちていました。
「花のかんむり!」
無垢の花神様は花畑を駆け抜け、手に取られ、ご自分の頭に乗せました。すると今度はガーベラの下についに、籠いっぱいのイチゴが落ちていました。
「いちごさん!」
無垢の花神様はもろ手を上げて駆け出し、籠に抱きつきました。すると今度は、ハイビスカスの木の下に、壺が落ちていました。とてもいい匂いがして、近づいた無垢の花神様は壺の中にとろとろに溶けたチョコレートを見つけました。
「あぽろ!」
早速、無垢の花神様は籠の中から一番大きなイチゴを、手が汚れるのも構わず、チョコレートに浸しました。
「いただきまーす!」
無垢の花神様は突然落ちてきた鳥籠に収まり、鍵をかけられました。
「フロール、やっと掴まえた! もう放さないぞ!」
無垢の花神様とイチゴとチョコレートの壺の入った鳥籠は軽々担がれ、そのまま連れて行かれてしまいました。
≪第二機動隊出動。第二機動隊出動。直ちに参謀本部に急行せよ≫
「オンラード到着しました」
「カサドラ到着しました、お兄様ご命令を!」
「デスコンフィアル到着」
「ソルダーダ到着しましたぁ」
第二機動隊が見たのは、兄弟を統括する兄君様の足元で号泣する下から二番目の妹君様の姿であられました。
「わ、わ、わ、わた、と、と、ひ、ひなを、き、ひなを、きに、ふろ、るが、ふろ、ふろ!」
「スエーニャが目を離した隙にフロールが消えた。首謀者はわかっている。第二機動隊、直ちに現場に急行し、誘拐犯パヤーソを捕縛せよ!」
ベヘリス第二機動隊は出動なさった。
「フロール! やっと会えた、俺のフロール! ああ、どれだけこうやってお前を抱きしめたかったか、フロール!」
抱きしめられた小さな無垢の花神様は、見上げた兄神様を呆然と見つめて首を捻られました。パパーによく似ておられる兄君様の名。
「えっと、えっと、デス兄さまじゃなくて、えっと」
「フロール! 俺のこと忘れたのか! ……うう、仕方ないか。随分長いこと離れていたからな。あのクソオヤジの陰謀のせいで。しかし、これならわかるだろう?」
兄君様が仮面をご自分の顔にかざされたと同時に、無垢の花神様は花が満開になるように微笑まれ、兄君であられる道化師神パヤーソ様に抱きつかれました。
「パヤーソ兄たま!」
「フロール! 思い出したか、うれしいぞ! 愛してる!」
「兄たま! おひさしぶり、どこへ行っていたの?! 兄たま!」
「うん……話せば長いんだ。それよりも今は、ようやく出会えた二人の時間を大事にしようじゃないか、フロール。お前の大好きないちごをお土産に持ってきたんだよ」
「うん、ありがとう!」
「うまいか?」
「かごがふってきたからまだ食べてないの」
そうお話しされる無垢の花神様はいまだ鳥籠の中におられました。花の冠を乗せ、イチゴの籠を大事に持つ妹君様を道化師神様はうれしそうに見ておられました。
「かわいいなぁ、フロール。手がチョコで汚れてるじゃねぇか……フロール。そのイチゴ、俺に食べさせてくれるか?」
「いいよ。いちばん大きないちごよ。チョコはもっとつけたほうがおいしいよ。はい、あーん」
「ははは、また手までチョコつけやがって~。よーし、兄たまが綺麗にしてやるからな、あ~ん――」
怒涛の勢いで入り口が壊され、窓から壁から天井から第二機動隊が突入なさいました。あっという間に道化師神様は捕縛され、お父上であられるパパーの元へ連れて行かれることとなりました。
「パヤーソ。お前、自分がなぜ幽閉されていたか覚えているか? まだ成長してもいない幼い妹に手ぇ出したからだろうが、この愚息! てめぇこりずにまたやるか! もっかい豚箱にぶち込んでやる、頭冷やして来い!」
「パパー、御慈悲を! また幽閉されたら完全に忘れられる!」
パパーは連行される息子神を振り返って、微笑まれました。
わたくし共のような卑しい心を持つ下々の者には「いい気味だ」と仰っている様に見受けられましたが、宇宙の父たるパパーがまさかそんなことはありません。
「クソオヤジィイイ、おぉぼえてろぉおお!」
慈悲深きママーがさめざめと泣かれる中、横たわっていた黒の騎士神様の睫が震え、ゆっくりと起きられた。
「ママー。俺のせいで泣いているのですね。悲しませてごめんなさい」
「ネグロ。兄弟げんかもほどほどにしないとだめだよ」
黒の騎士神であるネグロ様は、すべてのベヘリスがそうである様にママーを悲しませてしまったことに心を痛めた様子で頷かれた。それから部屋を目で探ぐり、ママーに尋ねられた。
「サビーオは。ママー、サビーオは無事ですか。すごく酷く殴ってしまったんです」
「ちゃんと治したよ。もう元気に仕事しているよ。あ!」
居場所が知れたとこで、飛び出すように部屋を出ようとした黒の騎士神様をママーは留められた。きっと、またお二人が衝突するを危惧したのでしょう。ママーの不安な顔の意味するところを黒の騎士様も読まれた。
「もちろんです、ママー。俺は兄弟の誰よりも、双子の兄よりも、弟のサビーオを一番愛しているのですから。そしてサビーオも僕を一番慕ってくれているのですよ」
偽りのない笑顔にママーは安堵された。
一秒さえ惜しむように賢者神様のもとへ懸けつけた黒の騎士神様は、元気な弟神様の姿に、
「サビーオオォォオオ!」
アタックなされた。そしてお二人揃って壁に衝突なさった。
「サビーオ! 無事だったか?! 僕が殴ったトコ痕になってないか?! あぁ、よかった、治ったんだな! サビーオ、ゴメンな。お兄ちゃんが悪かった。殴る気なんてなかったんだ」
等々、黒の騎士神様は弟神様に平謝りなされた。しかし、賢者神様は兄神様の手を払い退け怒鳴られた。
「悪いと思うなら、最初からやるな! ……何してるんだよ、手を放せバカ兄貴! 服を裂くな!」
弟神様を覆う布を慌しく取り払おうとなさる黒の騎士神様。賢者神様が抵抗し、殴りかかるも、兄神様は何のそのと攻撃をかわされる。
「俺だって、お前を殴るなんてしたくなかったんだ。でもお前があんまり素直にならないから……まぁいい。俺が死んでた間、浮気はしてないだろうな!」
「ついさっきだろうが、俺もあんたも生き返ったの! つか、人の話し聞け! だから、止めろ!」
「愛する者同志の自然の行為をなんでお前は恥ずかしがるんだ!」
言葉の押収の間にも黒の騎士神様は弟神様を神聖な姿にされ、殴られつつも床に縫いつけ、彼の方の御足を広げられた。賢者神様は兄神様に力任せの愛撫をされながらも、必死の抵抗をされた。
「まず第一に、俺とあんたが男同士で、第二に、俺たちは愛し合ってないからだ!」
その言葉に激怒された黒の騎士神様は弟神様のほほを叩かれた。
「サビーオ! またお前はそうやって兄の愛を試そうとする。だが俺はそのすべてに応え、お前への愛が本物であると証明するさ。そしてお前の不安を取り除いてやる」
「だぁ、から違うぅん! あんた考えがポジティブすぎ!」
「サビーオ! どうしてお前はそう、素直になれないんだ! たしかにな、嫌よ嫌よも好きの内と言うが、あまり過ぎると可愛くないぞ! お前は可愛いけどな!」
「いい加減に気づけよ、バカ兄貴! 嫌なのは嫌なんだよ! 俺は女が好きなんだよ! あんたなんか好きじゃないんだよ!」
一瞬、黒の騎士神様は動きを止められ、能面のようになられた。賢者神さまは散れ散れになった布を抱きかかえ、息を呑まれた。
黒の騎士様は、手を上げられた。抵抗なさる弟神様を何度も殴られる。
「ウソだ! お前は俺が好きなんだろう、サビーオ! いくら俺に焼き餅を焼かせようたって、ほかの者に身体を許すのは絶対に許さないからな! 女でもだ! 絶対にだめだ! そんなことをしても俺は悲しいだけだぞ! あぁ、不安だ! お前はきっと俺の愛を疑ってそうするに違いないな! 来い、わからせてやる! いいか、そんなことをしなくても俺はお前を愛しているんだ! だからお前は素直に俺を受け入れればいいんだ! 俺たちの間に駆け引きなどいらないんだ! 俺たちの間には、駆け引きも、服も、言葉も、なにもいらないだろう! そうだろう! お前も俺を愛しているだろう、サビーオ! あぁ、愛してる、俺のサビーオ! サビーオ!」
正体を失ったように強引に行為を行う黒の騎士神様は、突然我に帰られた。
「……――サビーオ!」
だらりと床に投げだされた賢者神様の手をお取りになられ、黒の騎士神様はご自分の所業に目を見開かれた。血を流し、心臓の止まられた弟神様に覆いかぶさる格好のまま呆然とする黒の騎士神様は、やおら御遺体を抱きかかえられた。そして一筋涙を流し、呟かれた。
「あぁ、俺またやっちゃった」
弟神様の亡骸を、驚かれるママーに手渡された後、黒の騎士神さまは父神様であるパパーのもとへ参上なされた。パパーは全てをご存知だった。
「パパー。またやっちゃいました。サビーオに会わす顔がありません。罰をお与えください!」
「おう。毎回毎回、よく飽きもせず……もう何も言う必要はねぇ。逝って来い、この愚息が」
私たちは偉大なるパパーに八つ裂きにされた黒の騎士神様のご遺体を、ママーのもとへまたお運びした。
夕日がきれいだ。とパパーは感慨深げに天界の空を見下ろされた。パパーはいたくご機嫌である。そろそろ休まれる時間だからだ。パパーはママーとお二人で休まれる常闇の時間を一日でもっとも楽しまれる。
お召物をゆったりした腰布だけにしてパパーは、お心は急いでいたが、世界の全てを支配する威風堂々たる歩みで回路を渡られ、ママーのもとへ行かれた。すると、寝室にはママーに抱かれた二人の娘神がおられた。一人は無垢の華神様で、ママーの横に座り父神様であるパパーに笑顔を向けられた。もう一人は眠り姫神様でこちらは母神様のひざの上で泣かれていた。
「スエーニャ、ほらお父様がいらっしゃったよ。泣くのはおしまい」
「どうした」
眠り姫神様は約束の時間を守れずに兄神様に怒られたとおっしゃった。あやすママーはパパーにとって衝撃的な言葉を発せられた。
「落ち込んではだめだよ。そうだ、今日はパパーとママーと一緒に寝ようね」
「フロールは? フロールは?」
ママーと一緒に眠ることなどほとんどない小さな無垢の花神様はうれしそうにせがまれた。
「フロールも一緒に寝ようね」
ママーと二人の娘神たちが仲良く広いベッドに入っていく姿を、パパーは何も言わずに見ておられた。それからママーにおっしゃった。
「仕事が少し残っていた。すぐに戻るから先に寝ていろ」
夕日がきれいだ。そうおっしゃった部屋まで戻られると、パパーは幾人かの息子神達を呼ばれた。息子神達がそろった後、虫の居所が悪い声でパパーは言われた。
「ディレクトル、一秒遅れたくらいでキレるな。エロエ、一日でいいから物を壊すのを止めろ。デスコンフィアル、お前はまた仕事をサボってソルダーダといちゃついてたな。マロ、人間で遊ぶな。スィエゴ、好みの子を地上から拉致って来るんじゃない。パヤーソ、フロールの半径1km以内に入るなって言ってるだろう。ロコ、遊んだ後はきちんと床の染みまできれいにしろ。ブランコ、死体を神殿に持って来るな。ネグロ、今日もサビーオをヤったな。お前ら全員、死刑だ」
逃げる間も与えず、パパーはすべての子神様を血祭りに上げられた。
キーナ・ハウスから帰ってきたほろ酔いの父の話しを聞いていた息子達は、涙を拭くも不満が納まらず抗議した。
「だからなんなんだよ、おっとう。パパーの話なんか持ち出して!」
「つまり神話に裏打ちされているように、父は理不尽なものだということだ! クッキーだって俺の稼いだ金で買ったんだ、俺が食って何が悪い!」
お菓子を取られた下の子供が大泣きした。